「土木学会四国支部賞受賞」(2022/05/27)

土木学会四国支部総会が香川県高松市で開催されました。総会では、令和3年度土木学会四国支部賞の表彰式が行われ、受賞者を代表して弊社から2名が出席しました。

支部賞受賞は下記の2部門です。

【技術活用賞】

業績名:「土木遺産のレンガ積み覆工からなる山岳トンネルの補修補強計画」

受賞者:西川徹、公文海斗、芝田和仁

【地域技術賞】

業績名:「被災した落石防護柵の吸収エネルギーの推定と等価摩擦係数法による落石運動エネルギーに関する考察」

受賞者:岩瀬誠司、右城猛、長山学史

今回の受賞論文は、いずれも高知県における課題・目標に向けて会社全体で取り組んできた業務・研究で有その功績が認められ受賞となりました。

今後も地域を守る会社として、高知県の課題解決に向け全力で取り組んでいきたいと考えております。

『2022年度 土木学会四国支部 第28回技術研究発表会』(2022/05/28)

2022年度 土木学会四国支部 第28回技術研究発表会がオンライン開催で開催されました。

弊社からは、下記2名の若手社員が発表しました。

 

・「ロープ伏工の合理的な設計法に関する一提案 その 1」 道路交通課 又川 嵩哉

・「ロープ伏工の合理的な設計法に関する一提案 その 2」 橋梁構造課 岩井 蓮

 

今回の発表は現行基準に疑問を持ち、新たな設計手法を提案する内容となっております。

弊社では、若手の技術向上のため積極的な学会発表を行っており、今後も疑問に思うことや新技術への取り組みなど学会発表等を行うことで技術力向上を図りたいと思います。

 

三菱商事のメンバーが来社(2022/05/24)

ミャンマーで建設機械のレンタル業を営んでいるDiamond Rental Myanmar社の社長ら三菱商事のメンバーが第一コンサルタンツを訪問して下さりました。

当社がミャンマー人3人を採用したこと、アマラアディ僧院に高等学校を寄贈していることから、ミャンマー人の人材教育について協力し合うことができないかという相談でした。

また、ミャンマーの3人にどのような仕事に携わっているのか、日本での生活はどうかなど興味深く質問されていました。

 

RKC高知放送がミャンマー出身社員を取材(2022/05/22)

ミャンマーから来日した弊社社員のスーさん、タンさん、アウンさんの3人が出社して1カ月が経過しました。

3人は、5月22日の日曜日、右城社長の自宅で家族と一緒に流しソーメンやBBQを楽しみ、3人が日本でどのような生活をしているかをRKCのスタッフが取材に来ました。 

訪日台湾教育旅行四国交流支援特使(2022/05/17)

四国ブロック広域観光振興事業推進協議会 会長より訪日台湾教育旅行四国交流支援特使として社長の右城が委嘱されました。

4月26日に高松で委嘱式がありました。残念ながら都合がつかず出席出来ませんでしたが委嘱状と共に、四国各県特産の記念品が送られてきました。

四国各県特産の記念品は、それぞれ徳島「藍インディゴビアカップ」、香川「うどんネクタイ」、愛媛「今治タオル」、高知「土佐和紙名刺入れ・水引しおり」でした。

四国と台湾の架け橋となれるよう支援させて頂きます。

 

求められる400㎖献血(2022/05/17)

今年も高知県赤十字血液センターが行う400ml献血に協力致しました。コロナの影響で血液が足らず大変困っているとのことでした。献血参加者は研修室にて問診を受けた後、当社駐車場に停めてある献血バスに乗り込み献血を実施致しました。

今回の献血が少しでもお役に立てれば幸いです。

 

ミャンマーのお坊さんが来社(2022/5/10)

高知県議会議員の桑名龍吾先生のご案内により、アシン・ソバナさんたちが来社して下さりました。アシンとはミャンマー語でお坊さんの意味です。

第二次世界大戦時にビルマ(現:ミャンマー)で戦死された方を祀っているパゴダが日本全国にあり、4年に一度ミャンマーからお坊さんが来日されパゴダを参拝されているようです。

今日は、高知市吸江にある吸江禅寺のパゴダを参拝され、桑名先生から第一コンサルタンツに3人のミャンマー人が勤務していることを聞き、今回のご来社となりました。

ミャンマー社員が南国市市長を表敬訪問(2022/05/09)

本日、ミャンマー社員3名は、右城社長と共に南国市の平山市長を表敬訪問致しました。

同社員3名は先月15日に来日、コロナ感染症対策の自宅待機を経て、21日から出勤していますが、南国市内に住民登録をしたこともあり、本日の訪問となりました。

面談の中、右城社長は今回のミャンマー人材採用に至る経緯を説明。3人からも日本との気候の違いやミャンマー国内の状況等について話をさせていただきました。

平山市長からは、『1日も早く日本での生活に慣れ、将来的には日本とミャンマーの架け橋的な存在となって活躍されることを期待しています。』とのお言葉を頂戴しました。