第一コンサルタンツの経営理念の1つが「高知のコミニュティを守る」です。
中土佐町の公報誌「なかとさ 2015 12 vol120」の表紙に「中土佐タッチエコトライアスロン」が掲載されました。アスリートのゼッケンに第一コンサルタンツの文字が入っています。
本山町の公報誌「もとやま 2014 10 第137号」の表紙には、よさこい鳴子踊りの「本山さくら」チームの写真が掲載されています。地方車に「第一コンサルタンツ」の文字が見えます。
第一コンサルタンツの経営理念の1つが「高知のコミニュティを守る」です。
中土佐町の公報誌「なかとさ 2015 12 vol120」の表紙に「中土佐タッチエコトライアスロン」が掲載されました。アスリートのゼッケンに第一コンサルタンツの文字が入っています。
本山町の公報誌「もとやま 2014 10 第137号」の表紙には、よさこい鳴子踊りの「本山さくら」チームの写真が掲載されています。地方車に「第一コンサルタンツ」の文字が見えます。
平成27年12月16日、建設コンサルタンツ協会マネジメントシステム委員会の品質向上策に関するインタビューを受けました。これは協会会員企業の設計業務等の品質向上のためのもので、弊社の取り組み内容について受け答えをしました。その中で全国の大小の建設コンサルタントの会社の事例などを聞くこともでき、弊社にとっても有益なものとなりました。
成果品の品質向上やミス防止は、社会基盤整備に関わる建設コンサルタントにとっては、最も重要な事項です。弊社としては今後も成果品の品質向上に努め、地域の社会基盤整備に役立ちたいと考えています。
国旗と社旗を掲揚。「日の丸」と「第一」のマークが入った2つの旗が晴れた秋空に舞い上がりました。8時25分からは社歌「ガードレール」が館内に流れ、8時30分のチャイムで業務を開始しました。
弊社は昭和38年、高知市中島町(現・本町)に「第一測量有限会社」として誕生しました。昭和44年に高知市大川筋二丁目に社屋移転し、社名を株式会社第一測量設計コンサルタントに商号を変更しました。昭和54年には新社屋を高知市高須新町三丁目に新築移転しました。そして、昭和61年には建設コンサルタント業の拡大を意識し社名を現在の株式会社第一コンサルタンツに変えました。
手狭になっていたこともありますが、南海トラフ巨大地震に備え、昨年の5月より建築設計に取り掛かり、今年の2月に工事に着手しておりました。8月31日に建築工事が完成。引っ越しも完了し、高知市介良甲のこの地で業務を開始することになりました。会社の成長と共に本社を東へ東へと移し、とうとう高知市の東端、南国市に隣接するところまでやって来ました。
中島町を第1ステージとすれば、本日から第4ステージが始まります。「情熱・謙虚・誠実」をモットーに、これまで以上に郷土の発展、社業の発展に努めます。
新しいオフィス家具が搬入されました。玄関ホールと社長室の壁面には、教育者で書道家の竹内土佐郎(雅号・暮雪柔人)先生に揮毫していただいた書が飾られています。
社員が楽しく快適に仕事ができることを最優先に設計したユニバーサルデザインの理想的なオフィスです。120人が座れる広い研修室、食堂、広く明るい執務室、120台駐められる広い駐車場、南海トラフ巨大地震に備えた自家発電装置、防災井戸などを完備しています。
7月4日(土)発行の高知新聞(朝刊)3面の内政欄、高知新聞社企画「高知家の未来会議」に弊社企業広告が掲載されました。
7月21日(火)に発行された建通新聞(高知)12面の地域ニュース欄に弊社の経営方針発表会の記事が掲載されました。
当社はテレビ高知『がんばれ高知!!eco応援団!』に協賛いたしました。
環境に対する素朴な疑問を基に、環境問題を考えている番組です。
毎週日曜あさ11:00~11:20絶賛放映中
4月17日(金)発行の高知新聞(朝刊)4面の経済欄に右城社長の記事が掲載されました。
4月10日(金)に発行された建通新聞(高知)8面の地域ニュース欄に弊社の入社式の記事が掲載されました。
今朝の読売新聞の「中四国Bizパーソン」コーナーに右城社長の記事が掲載されました。取材して記事を書かれたのは,25歳の新進気鋭の新田修記者。
建設コンサルタントの歴史は浅い。建設コンサルタント登録規定制度が創設されたのは昭和39年4月であり,まだ51年しか経っていません。自然災害から国土を守り,社会基盤を整備するという重要な仕事をしているにもかかわらず,社会からの認知度は低いのが現状です。マスコミがこのような形で取り上げていただけるのは,弊社のみならず業界にとってもありがたいことです。⇒読売新聞記事